Deutsch-Sprachkurs 1981 ドイツ語学研修 (2/5)
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Inhalt 目次
1 Deutschland Teil1 ドイツその1
2 Sommerferien Schweiz und Österreich 夏季休暇 スイスとオーストリア
3 Deutschland Teil2 ドイツその2
4 Deutschland Teil3 ドイツその3
5 Niederlande und Italien オランダとイタリア
2 Sommerferien Schweiz und Österreich 夏季休暇 スイスとオーストリア
Schweiz スイス Österreich オーストリア
2-1 Basel バーゼル
2-2 Solothurnソロトゥルン~Bieler See ビール湖
2-4 Bern ベルン
2-5 Genf ジュネーヴ
2-6 Montreux モントルー
2-7 Martigny マルティニ
2-8 Zermatt ツェルマット
2-9 Berner Oberlandベルナー・オーバーラント
2-10 Luzern ルツェルン
2-11 Zürich チューリッヒ
2-12 St.Gallen ザンクト・ガレン
2-13 Bregenz ブレゲンツ
2-14 Innsbruck インスブルック
2-15 Salzburg ザルツブルク
2-16 St.Wolfgang ザンクト・ヴォルフガング
2-17 Mondsee(Ort) モントゼー
2-18 Graz グラーツ
2-19 Wien ウィーン
2-20 Linz リンツ
2-21 Nachwort あとがき
Schweiz スイス 1981.8.8~8.16
ドイツ・フライブルクから①スイス・バーゼルへ。スイス鉄道の周遊乗車券を使い移動。⑫ザンクトガレンから⓭オーストリア・ブレゲンツへ。
人口863万人、面積41.280k㎡(九州7県比、人口68%、面積98%)
左側:スイス全土地図、右側:周遊乗車券 Schweizer FerienKarte 2等車8日間125スイスフラン(以下、Fr.、当時1Fr.≒112円)、背後:パンフレット「Kunstfahrten in der Schweiz(スイス芸術の旅)」
旅行中チューリッヒの最低気温13度前後、最高気温24度前後、汗と無縁のさわやかなベストシーズンです。
2-1 Basel バーゼル
・ドイツ・フライブルクから鉄道で約1時間。
・独、仏と国境を接し、人口約17万人。ライン川通運の終点。
・ドイツ語圏
右:JHの案内(赤紙)は英独で片面ずつ。「喫煙は玄関と地下階のみ」とあり時代を感じます。
当時購入した絵葉書 以下同じ 観光地図とJHの案内
写真2-1-1 シュパーレン門 写真2-1-2,3 路上に絵を描くアーティスト
左:Spalentor シュパーレン門(14世紀)。中世の城壁には7つの門があり、現在残る3つのうちの最大の門。屋根のカラフルなタイルが印象的。写真は旧城壁の内側で、トラムの軌道は、門を突き抜けているように見えますが、実際は門の右側へ迂回しています。
右:欧州では、楽器を演奏したり、パフォーマンスをしたり、路上芸術家が多くいます。数日で消え去る色チョークの絵に傾ける画家のエネルギーが凄い。
写真2-1-4 ミットレレ橋
ライン川に架かる Mittlerebrücke ミットレレ橋を渡る緑色のトラム。上の絵葉書と同じ構図。絵葉書の左に写っているバスラー・ミュンスター(次で紹介)方向から撮影。
●【見どころ】Basler Münster バスラー・ミュンスター(バーゼル大聖堂)
写真2-1-5 正面 写真2-1-6 ガルス門と幸運の輪
左:主にゴシック様式(1500)。旧市街のライン川近くにあり、市のランドマーク。
右:北面にある Galluspforte und Glücksrad ガルス門と幸運の輪。12世紀後半の建造で、ロマネスク様式を色濃く感じます。左:大聖堂の小冊子。以下同様に小冊子の表紙を掲載します。
右:写真2-1-7 ライン川対岸より。この屋根もモザイク模様です。
2-2 Solothurn ソロトゥルン
・バーゼルから鉄道で約1時間。
・人口約17万5千人。城壁に囲まれた小都市。
・スイス最大のバロック様式の都市。
・ドイツ語圏
・ここに泊まって、次のビール、Magglingen マコランのケーブルカーへ。
写真2-2-1 【見どころ】ロココ様式の St.Ursenkathedrale 聖ウルス聖堂(1769)。
写真2-2-2 旧城壁の Baseltor バーゼル門(1504)。左の塔は聖ウルス聖堂。
2-3 Bieler See ビール湖
写真2-3-1 ビールの町並み 写真2-3-2 遊覧船上にて
左:Biel ビールはソロトゥルンから西へ約30km、ドイツ語圏とフランス語圏の境にある人口5万人の都市。ちなみに飲むビール Bier の発音は「ビァ」に近い。
右:ビールに面する面積39.3k㎡(大村湾321k㎡の1/8)のビール湖で、遊覧船に乗り St.Peters ザンクト・ペーター島へ
2-4 Bern ベルン
スイス連邦の首都
・【世界遺産】旧市街。
・人口約13万人、ドイツ語圏
右:市街地図、大聖堂の塔の入場券1Fr.、YHの領収証7.5Fr./泊。
Alpines Museum アルプス博物館などを訪れました。
写真2-4-1 連邦議事堂
Bundeshaus 連邦議事堂(1857) 。議事堂前の広場は、撮影時のように長年駐車場として使われていましたが、2004年に噴水などが整備され、国の顔にふさわしい佇まいになったようです。
写真2-4-2 トラム 写真2-4-3 コルンハウス橋
左:ベルン駅に近い Hirschengraben ヒルシェングラーベン電停付近。
右:Kornhausbrücke コルンハウス橋 (1898、中央スパン115m)を渡るトラム。
写真2-4-4 大聖堂 写真2-4-5 【世界遺産】旧市街
左:Berner Münster ベルン大聖堂(1893)。着工は1421年で、1592年に工事中断(当時はゴシック様式が主流)。19世紀ゴシック・リバイバルの潮流で完成したらしい。端正なゴシック様式の大聖堂。
右:【見どころ】そのスイス随一の高さ100.6mの大聖堂の塔から眺める世界遺産の旧市街。統一感のある中世の景観が美しい。スイスは中立国ですが、第二次世界大戦で空襲を受けた都市もありました。幸いここは受けなかったようです。
写真2-4-6 トラム 写真2-4-7 ノブスハウス
左:人口14万人の都市で、トラムの延長は40km近くあります。ドイツと並んでスイスもトラム王国。
右:近郊の Gurten グルテン山(858m)へ Gurtenbahn ケーブルカーで登ります。麓駅がある Wabern ヴァーバーンに Nobshaus ノブスハウスという、この地区で一番古い建物が保存されています。
2-5 Genf ジュネーヴ
・ベルンから鉄道で約2時間。周囲は仏領。
・国際連合欧州本部、世界保健機関(WHO)など国際機関が集積。
・人口約19万人。スイス第二の都市
・フランス語圏
・ここから仏シャモニ・モン・ブランまで定期路線バスがありますが、悪天候で諦めました。
写真2-5-1 レマン湖の大噴水
ジュネーヴ Genève(独Genf) に面するレマン湖(独Genfersee)にある Jet d’eau 大噴水。高さ140m。
写真2-5-2 サン・ピエール大聖堂 写真2-5-3 サン・ピエール大聖堂正面
左:旧市街に鎮座するサン・ピエール大聖堂(独 Die Kathedrale St. Peter)
右:同正面。ギリシャ古典様式のような列柱が並び、教会とは思えません。
写真2-5-4 写真2-5-5 オペラ劇場
左:フォンテーヌ通りから撮影。トラムの先にロンジュマル広場の水飲み場の白い塔が見えます。
右:ヌーヴ広場(独:Neuer Platz)に建つオペラ劇場と美術館(右端:Musée Rath)。
写真2-5-6 宗教改革記念碑
ジュネーヴ大学内にある宗教改革記念碑(独 Reformationsdenkmal、1917)。左からファレル、カルヴァン、ベーズ、ノックス。
2-6 Montreux モントルー
左:ニヨン Nyon に宿を取りジュネーブへ日帰り観光しました。
右:モントルー
・第一級のリゾート
・フランス語圏
写真2-6-1 シオン城
【見どころ】レマン湖畔に建つ観光名所(独 Schloss Chillon)シオン城 。
写真2-6-2 高速道路高架橋 写真2-6-3 レ・ザヴァン
左上:シオン城の近くで撮影。地震が少ないためか、高速道路橋の橋脚が驚くほど細くて、私の感覚だと、心細い印象を受けます。改めて日本は地震が多い国だと感じます。
右:モントルーから登山電車(独 Montreux-Berner Oberland-Bahn)で20分。標高1,000mの Les Avants レ・ザヴァンへ。レマン湖と周囲の山々が見渡せます。
左:ニヨンの観光パンフレット。全編フランス語でお手上げ。
2-7 Martigny マルティニ
・モントルーから鉄道で約30分。
人口約1万6千人。ワインの産地、交通の要衝。
・フランス語圏
もう覚えていませんが、目的を持ってここに泊まったのではなく、次のツェルマットへ向かう途中で、YHがあったので立ち寄ったもよう。
写真2-7-1
泊まったYHは、核シェルター。管理人の高齢女性は、フランス語しか話さず、同宿のドイツ人青年グループと、四苦八苦して意思疎通を図りました。
この写真の撮影場所は、左側に踏切を通過する列車が見え、Google ストリート・ビューで検索すると、マルティニ駅付近で撮影したもよう。現在線路は高架です。
写真2-7-2 ラ・バティアス橋 2-7-3 聖母被昇天教会東玄関
左:木造の Gedeckte Brücke 屋根付橋 pont de la bâtiaz ラ・バティアス橋。2車線+両側歩道。雪から橋の安全通行を守ったり、橋の耐用年数を延ばす効果があるとのこと。
右:聖母被昇天教会(独 Kirche Unserer Lieben Frau von der Heimsuchung)東玄関。
写真2-7-4 聖母被昇天教会 写真2-7-5 生物学者の碑
左:聖母被昇天教会
右:教会に掲げられていた石碑。Laurent-Joseph MURITH ローラン=ジョセフ・ミュリス(1742~1816)この教会に眠る。著名な植物学者らしい。当時はフランス語の石碑を訳も分からず撮影してきましたが、今ではネットで簡単に翻訳できて、人となりを調べることができます。撮影から40年ぶりに石碑の意味が判明しました。
2-8 Zermatt ツェルマット
・宿泊地の Visp フィスプ(海抜658m)
・人口約8,000人
・ドイツ語圏
ここを起点にマッターホルンを目指し、往復します。 Matterhorn Gotthard Bahn マッターホルン・ゴッタルド鉄道でツェルマットへ1時間10分。
・マッターホルン登山口(1,608m)
・人口約5,700人、ドイツ語圏
・Victorinox Schweizer Taschenmesser ビクトリノックス社のアーミーナイフを買いました。洗面所に置いて今でも日常使いしていますが、両端の栓抜きと缶切りの先端がマイナスドライバーになっていて秀悦。
写真2-8-1
正面は Breithorn ブライトホルン(4,164m)。マッターホルンは画面右手の山影。
写真2-8-2 ツェルマット 写真2-8-3 ゴルナーグラート
左:ツェルマット(1,605m)はガソリン車禁止。更に登山電車で上を目指します。
右:Gornergrat ゴルナーグラート(3,090m)到着。展望台にあった小さな教会。
写真2-8-4  ゴルナーグラート展望台
【見どころ】正面のマッターホルン(4,478m)山頂は雲がかかっています。
天気が良くて登山日和でした。
2-9 Berner Oberland ベルナー・オーバーラント
左:宿泊地 Interlaken インターラーケン
右:Schynige Platte シーニゲ・プラッテ (未訪問地)。
・ドイツ語圏
全面:Jungfrauユングフラウのパンフレット。
左:時刻表。右:日本語もあるパンフレット

インターラーケンから登山電車とロープウェイで Männlichenメンリッヒェン(2,289m)へ(往復30.4Fr.)。
なおJungfraujoch ユングフラウヨッホ(3,454m)へは、登山電車の料金が高く(往復91.2Fr.)諦めました。
写真2-9-1 右端:アイガーの北壁
【見どころ】メンリッヒェンに到着。左から Wetterhorn ヴェッターホルン(3,692m)、Schreckhorn シュレックホルン(4,078m)、Eiger アイガー(3,970m)。
写真2-9-2 写真2-9-3 ユングフラウ
右:Jungfrau ユングフラウ (4,158m)。
写真2-9-4 正面:ヴェッターホルン、右:シュレックホルン。
Grindelwald グリンデルワルト方向へロープウェイで下山。
2-10 Luzern ルツェルン
・インターラーケンから鉄道で約2時間。途中アプト式鉄道。
・人口約8万2千人。スイス有数の古都。
・ドイツ語圏
・上は観光地図と Verkehrshaus der Schweiz スイス交通博物館のパンフレット
写真2-10-1 カペル橋
【見どころ】Kapellbrücke カペル橋、ヨーロッパ最古の屋根付木橋(1333)。当時、橋が長すぎて、広角レンズでも撮影に苦労したことを思い出します。
写真2-10-2 写真2-10-3
左:Die Hofkirche St. Leodegar ホーフ教会
右:Jesuitenkirch イエズス教会。スイスで最初のバロック様式教会(1666)
写真2-10-4
中央、塔を持つ建物がイタリア・ルネッサンス様式の市庁舎(1606)。右手には先ほどのカペル橋があります。
写真2-10-5 ロイス橋の先に沈む夕日
カペル橋から川上に二つ目の橋 Reussbrücke ロイス橋と、旧市街地の町並みに沈む夕日。
2-11 Zürich チューリッヒ
・ルツェルンから鉄道で約1時間。スイス最大の都市
・人口約39万人。
・ドイツ語圏
右:観光地図とホテル一覧の小冊子。ただし宿泊は次のザンクト・ガレン。
なお翌1982年3月、語学研修を終えた帰国便はチューリッヒ国際空港から搭乗。
写真2-11-1 チューリッヒ湖
Qualbrücke クヴァイ橋から眺めるチューリッヒ湖。右からグロース・ミュンスター(大聖堂)、対岸の Kirche St.Peter 聖ペーター教会、Fraumünster フラウ・ミュンスター(女性大聖堂)。
旅行の1981年の33年後の2014年のGoogleストリート・ビューの画像とほとんど変わらず、歴史的景観が維持されているようです。
写真2-11-2 中央駅前 写真2-11-3 リンマートクヴァイ
左:中央駅前を行くトラム。
右:チューリッヒ湖畔の Limmatquai リンマートクヴァイを北へ歩くと、正面に Wasserkirche ヴァッサー(水)教会と Helmhaus ヘルムハウス(現代美術館)が見えてきました。軌道敷に沿って右奥へ進むと、次のグロース・ミュンスターです。なお Quai クヴァイは河岸(海岸)通りの意味。
写真2-11-5 市庁舎
写真2-11-4 グロース・ミュンスター 写真2-11-6 アーケード
左:Grossmünster グロース・ミュンスター(1220) スイス最大のロマネスク様式教会。
右上:外観はルネッサンス様式の市庁舎(1698)。「市役所」の建物は別にあり、この庁舎は現在州議会が使っているとのこと。
右下:市庁舎前の道路リンマートクヴァイの対面にあるアーケード。この付近は商店が建ち並び、旧市街のショッピングゾーン。
写真2-11-7 1018型車輛 写真2-11-8
左:市庁舎の前を走る黄金色に塗られた旧車におもわずシャッターを切りました。この1018型車輛は、2両だけらしい。
右:トラムは人口40万人の都市で延長84kmもあり、路線図を見ると網の目のように軌道があります。この写真の撮影場所は、丹念にネット検索しましたが、訪ね当たりません。
写真2-11-9 パラデ広場 写真2-11-10 リギ地区ケーブルカー
左:中心部の Paradeplatz パラデ広場を蛇のような連接車が走ります。
右:Seilbahn Rigiviertel (Geisbergbahn) リギ地区ケーブルカー(ガイス登山電車、1901)。麓駅標高489mから山駅標高583mまで高低差94m、路線長385m、中間駅3か所。1979年にスイス初の全自動ケーブルカーとして更新され、1981年の訪問当時最新だったらしい。
2-12 St.Gallen ザンクト・ガレン
・チューリッヒを半日観光し、鉄道で約1時間10分。ここで宿泊。
・人口約7万5千人。標高700m。雪が多い。
・ドイツ語圏

右:観光地図
●【世界遺産】Kathedrale 大聖堂
写真2-12-1 大聖堂(1767)正面
写真2-12-2 写真2-12-3 内陣
左:左奥、中庭の先に見えている Stuftsbezirk 旧修道院と共にユネスコ世界遺産
右:大聖堂の見事なバロック様式の内陣。
写真2-12-4 トロリーバス 写真2-12-5 ブロダー泉
左:ザンクト・ガレン駅前にて、トレーラー牽引のトロリーバス。市内公共交通の主役。
右:上水道敷設記念の Broderbrunnen ブロダー泉(1895)。劣化したブロンズ像は2000年に歴史博物館へ移設し、複製を設置。Googleストリートビューで見ると背後の重厚なルネッサンス風建物(当時は Schweizerischer Bankverein スイス銀行)は当時のまま。
写真2-12-6 トローゲン鉄道 写真2-12-7 トローゲン鉄道
左:Trogenerbahn トローゲン鉄道(2006年より Appenzeller Bahnen アッペンツェル鉄道に吸収合併)。都心 Marktpl. マルクト広場付近の併用軌道をトロリーバスと並走。
右:同じ場所。この鉄道は郊外へ向かいます。背後の玉ねぎは、民間ビルの意匠らしい。
Österreich オーストリア 1981.8.17~8.25
人口893万人、面積83.870k㎡(九州7県比、人口70%、面積約2倍)
⑫スイス・ザンクトガレンから⓭ブレゲンツへ入国。
左の周遊乗車券 Austria ticket 2等車9日間750シリング(以下öS.、当時1öS.≒13円)で移動し、8月26日⓴リンツからドイツ・パッサウへ。背後は観光案内「innerhalb Österreichs(オーストリアの内側)」。旅行中ウィーンの最低気温13度前後、最高気温22度前後。
2-13 Bregenz ブレゲンツ
・スイス・ザンクト・ガレンから鉄道で約50分。
・ドイツ、スイスとボーデン湖で接する人口約2万9千人の都市。
・以下、オーストリアはドイツ語圏
右:観光地図
写真2-13-1 正面 写真2-13-2 ステンドグラス
●Pfarrkirche Bregenz-Herz Jesu ブレゲンツ教区教会-ヘルツ・イエズ(1908)
左上:ネオゴシック様式の赤レンガは、北ドイツの教会を連想します。
左:教会の小冊子 / 右上:ステンドグラスは現代的。
⑪スイス・チューリッヒを出発し、⑫ザンクト・ガレンを半日観光して、ブレゲンツで1泊。ブレゲンツでの写真はこの教会のみ。
写真2-13-3 パイプオルガン
地元のオルガン製作者 Josef Behmann ヨセフ・ベーマンによるパイプオルガン(1931)。
2-14 Innsbruck インスブルック
・ブレゲンツから鉄道で約2時間半。
・1964年と1976年に冬季オリンピックが開催されるなどウィンタースポーツの地として有名。人口約13万人。
・憲章都市(Statutarstadt、独立市)
・地名は「イン川に架かる橋」という意味。
・ちなみにドイツ・ミュンヘンから鉄道で2時間。
左から
・Youth Info 若者向け情報小冊子
・観光地図
・Schenswürdigkeiten 見どころの案内
写真2-14-2 凱旋門
写真2-14-1 アンナ記念柱 写真2-14-3 路上に絵を描く少年
左:マリア・テレジア通りの Annasäule アンナ記念柱(1706)。スペイン王位継承戦争で、バイエルン軍の侵略からチロル地方が守られたことを記念して建立されたとのこと。
右上:Triumphpforte 凱旋門(1765)。マリア・テレジアが息子の結婚記念に建立。
右下:ここにも幼い路上芸術家がいました。
写真2-14-4 黄金の小屋根 写真2-14-5 ヘルプリングハウス
左:Goldenes Dachl 黄金の小屋根(1496)。建物から突き出たバルコニーの屋根は、2,657枚の金箔銅板葺き。
右: Helblinghaus ヘルプリングハウス。ロココ様式の瀟洒(しょうしゃ)なファッサードが美しい。この家の名前は1800年代はじめの所有者。
写真2-14-6 噴水【解体済み】 写真2-14-7 中央駅前のトラム
左: Sparkassenplatz 貯蓄銀行広場にある噴水(1980)。地元出身の芸術家 Jos Pirkner ヨス・ピルクナー作。3人が弾くハープの弦が水の流れになっています。噴水は2004年に解体され、芸術家が買い戻したそうです。
右:この写真は、撮影場所の記録が無く、場所の特定に時間を要しました。写っている1号系統の電車は、現在中央駅に乗り入れていませんが、山の稜線、建物等から中央駅前であることが判明。トラムは路線長19.5km。トロリーバスをトラムにしたり、新しい軌道を敷設したり、常に拡充しているようです。
●Dom St.Jakob 聖ヤコブ大聖堂
写真2-14-8 正面 写真2-14-9 説教壇
左:バロック様式の聖ヤコブ大聖堂(1724)正面。
右:黄金に輝く説教壇。
写真2-14-10 天井のフレスコ画
ドイツ芸術家兄弟の兄 Cosmas Damian Asam コスマス・アザムによる天井画。
●Hafelekar ハーフェレカーの展望台
写真2-14-11 インスブルック市街地
市の北にある Nordkette ノルトケッテ連峰の展望台ハーフェレカー(2,334m)へ。
写真2-14-12 写真2-14-13
ケーブルカーとロープウェイを乗り継いで登ります。
2-15 Salzburg ザルツブルク
・インスブルックから鉄道で約2時間。
・【世界遺産】ザルツブルク市街の歴史地区
・人口約15万人、憲章都市。
映画「サウンド・オブ・ミュージック(米 1965、以下「映画」という)」の舞台。
・ちなみに首都ウィーンから鉄道で約3時間、ドイツ・ミュンヘンから1時間半。
手前下:モーツァルトの生家の入場券10öS。
右上:ホテル・インフォメーション
右下:観光パンフレット Salzburg eine Stadt bewahrt ihr Gesicht(ザルツブルクはその顔を守る)。
左上:ザルツブルクの詳細情報小冊子。
左下:さすが国際的な観光都市だけあって、日本語のパンフレットも。
写真2-15-1 ゲトライデガッセ 写真2-15-2 モーツァルトの生家
左:旧市街一番の繁華街 Getreidegasse ゲトライデガッセは、鉄細工看板のショールームみたい。
右:そのゲトライデガッセに面して Morzarts Geburtshaus モーツァルトの生家があります。ここで17歳まで過ごしたそうです。市内には転居先の「モーツァルトの住居(Tanzmeisterhaus 舞踏教師の家)」もあります。
写真2-15-3 聖アンドレ教会 写真2-15-4 三位一体教会
左:この二つは新市街にある教会です。一つ目はネオゴシック様式の Pfarrkirche St.Andrä 教区教会聖アンドレ教会(1898)
右:二つ目はバロック様式の Dreifaltigkeitskirche 三位一体教会(1702)。イタリアの風を感じます。
ザルツブルクは「塩の城」を意味し、塩の取引で栄華を極め、多くの教会や宮殿が遺産として残されています。
写真2-15-5 コレギーエン教会 写真2-15-6 レジデンツ広場
左:バロック様式の Kollegienkirche コレギーエン(大学)教会(1707)。ザルツブルク音楽祭の会場としても使われてるとのこと。
右: Residenzplatz レジデンツ広場。正面は鐘楼があるNeue Residenz 新レジデンツ(1602)。現在はザルツブルクの歴史と文化を紹介する Salzburg Museum 博物館。
写真2-15-7 大聖堂 写真2-15-8 ミラベル庭園
左:こちらもレジデンツ広場に建つ Dom 大聖堂(1628)。元のロマネスク様式の教会が焼失したため、バロック様式で建て替え。モーツアルトはここで洗礼を受け、後にパイプオルガンを弾いたそうです。
右: Mirabellgarten ミラベル庭園。映画ではドレミの歌を歌うシーンで登場。
写真2-15-9 ミラベル庭園とホーエンザルツブルク城
【見どころ】同じくミラベル庭園から眺める Festung Hohensalzburg ホーエンザルツブルク城は拡張工事を経て1681年竣工。兵舎又は牢獄としても利用されるも、外敵に占領された事がなく、ヨーロッパ中世のものとしては完璧に保存された希な例とのこと城塞の下は大聖堂。
写真2-15-10 城から眺める市内の夕暮れ
その城内である夜のコンサートへ出掛けました。写真は城から眺める市内の夕暮れ。コンサートは、心地よい音楽と旅の疲れで居眠り。
左:コンサートのパンフレットとチケット。ピアノ伴奏によるソプラノ独唱、弦楽四重奏。156öS。
●サウンド・オブ・ミュージックの舞台を巡るバスツアーに参加
写真2-15-11 山岳猟師の記念碑 写真2-15-12 アニフ宮殿
左:まずは、Gebirgsjägerdenkmal am Untersberg ウンタースベルクにある山岳猟師の記念碑 。ロープウェイで登ったらあいにく霧がたちこめ、周囲は全く見えずじまい。
映画ではクライマックスで、スイスへ山越えするシーンのロケ地。実際はドイツ国境に接し、ヒットラーの山荘がある Berchtesgarden ベルヒテスガーデンへ続いています。
右:Schloss Anif アニフ宮殿。映画では冒頭の空撮で映ります。個人所有で非公開。
写真2-15-13 レオポルスクロン宮殿
Hotel Schloss Leopoldskron レオポルスクロン宮殿。映画ではトラップ一家の住まいのロケ地でした。今はホテルとして泊まれるようで、値段からすると3~4星クラス。
2-16 St.Wolfgang ザンクト・ヴォルフガング
・風光明媚な Salzkammergut ザルツカンマーグートにあるザンクト・ヴォルフガングとモントゼーを、ザルツブルクから日帰り観光します。
・最初のザンクト・ヴォルフガングまでザルツブルクから車(観光バス)で約1時間。
・海抜548m、人口2,800人。
・地名は、976年頃にレーゲンスブルクの司教としてモントゼーの修道院に避難した聖ヴォルフガングに由来するとのこと。
写真2-16-1 町並み
・正面は Pfarrkirche St.Wolfgang 教区教会。左手は Wolfgangsee ヴォルフガング湖。
・当地にはオペレッタ「Im weissen Rössl 白馬亭にて」で有名な老舗ホテルがあります。
左:教区教会の小冊子。
写真2-16-2 町の中心部 写真2-16-3 竜の壁
左:教会のすぐそば、町の中心部にある、美しい外壁の建物はパン屋さんらしい。右奥は三ツ星ホテル Hotel Schwarzes Rössl シュヴァルツェス・レスル(黒馬)。
右:次のモント湖へ。Drachenwand Klettersteig in St.Lorenz/Mondsee 聖ローレンツ/モンド湖にある「竜の壁」と呼ばれるロッククライミングの盛んな場所です。
写真2-16-4 ヴォルフガング湖とザンクト・ヴォルフガングの町並み
Pilzengut ピルツェングートを走行中、湖の先に、先ほど訪れた町並みが見えます。
2-17 Mondsee(Ort) モントゼー
   写真2-17-1 町並み遠景

・ザンクト・ヴォルフガングから車で約40分。
・モント湖畔の町名も「モントゼー(湖)」
・人口3,300人
写真2-17-2 聖ミヒャエル教会 写真2-17-3 【更新済】マルクト広場の噴水
左:町の中心部 Marktplatz マルクト(市場)広場にある Basillika St. Michael 聖ミヒャエル教会。映画ではマリアと大佐が結婚式を上げるシーンで登場。
右:そのマルクト広場の噴水。ストリートビューで見ると、既に撤去され現代的なデザインの噴水に更新されているようです。
左:教会の小冊子 「OÖ」はOberösterreich オーバーエスターライヒ州の略
2-18 Graz グラーツ
・ザルツブルクから南東へ約250km。鉄道で約4時間。オーストリア第二の都市。
・憲章都市。人口約25万人の大学町。
・【世界遺産】グラーツの旧市街とエッゲンベルク城
・右は観光地図
写真2-18-1 市庁舎
Hauptplatz 中央広場に建つ市庁舎(1893)。ホテルような堂々たる装飾。左手前はヨハン大公の像(1878)と噴水。市庁舎の左手は目抜き通りのHerrengasse ヘレンガッセ。
写真2-18-2 旧市街地と時計台
市街地を一望できる城山へ。左手前は象徴的記念構造物の時計台 Uhrturm(1712)。
写真2-18-3 マリアヒルフ教会 写真2-18-4 ヘレンガッセ
左:これも城山から見下ろすバロック様式の Mariahilfkirche und Minoritenkloster マリアヒルフ教会とミノライト修道院(1611)。
右:ヘレンガッセ。右側は市庁舎。正面奥は Stadtpfarrkirche 市教区教会。
写真2-18-5 中央広場 写真2-18-6 中央駅前電停
行き交う路面電車。左写真は中央広場、右写真は中央駅前電停にて。
写真2-18-7 写真2-18-8
●Basilika Mariatrost マリアトロスト大聖堂
中央駅から北東へ5kmほどの Mariatrost マリアトロストの小高い丘に、バロック様式の美しい Pfarr- und Wallfahrtskirche Graz-Mariatrost 巡礼教会(1714)があります。
左:教会の小冊子。改めて12枚のカラー写真と説明文を見ると、一見の価値がある教会です。
2-19 Wien ウィーン
・オーストリアの首都。人口188万人。
・憲章都市
・グラーツから鉄道で約2時間半。
・左の絵葉書はプラターにある大観覧車と観覧車からの眺め。
【見どころ】多過ぎて、何日いても退屈しませんが、2泊してリンツへ。
●Wurstelprater プラター遊園地
写真2-19-1 大観覧車
郊外のプラター遊園地にある Riesenrad 大観覧車(1897)。映画「第三の男(英1949)」で登場した現役世界最古の観覧車を真っ先に訪れました。ゴンドラは20人乗り、他の客との相乗りです。
先の大戦で甚大な被害を受け、構造的な負荷を下げるため、ゴンドラを30から15に減らしたそうです。
左:左から観光地図、次に紹介する Liliputbahn リリプットバーンの乗車券、多言語で書かれた大観覧車の小冊子。
写真2-19-2 中心部方向 写真2-19-3 リリプットバーン
左:観覧車の最高点は地上64.75m。中心部方向は写真2-19-12のシュテファン大聖堂。
右:リリプットバーンという軌間381mmの小型蒸気機関車(SL)牽引列車が園内の路線長3.9kmを20分かけて走ります。写真は「SL2号機」。この列車の牽引は主にディーゼル機関車で、週末のみSL運転らしく、訪れた8月23日はたまたま日曜日でした。
●【世界遺産】 Schroß Schönbrunn シェーンブルン宮殿
写真2-19-4 シェーンブルン宮殿
シェーンブルンとは「美しい泉」。昔この近くで美しい泉が発見されたことに因むらしい。
写真2-19-5
宮殿南側の庭園は170ha(ハウステンボス150ha)。正面の丘の上に見える Gloriette グロリエッテ(1775)まで直線で約600mありますが、公園は更に500mほどあるようです。
写真2-19-6 ベルヴェデーレ宮殿
Schloss Belvedere ベルヴェデーレ宮殿と、その奥にシュテファン大聖堂。この写真の背面には Oberes Belvedere ベルヴェデーレ宮殿上宮がありますが、撮影していません。
写真2-19-7 カールス広場駅 写真2-19-8 カールス教会
左:独特な雰囲気の建物に、思わずシャッターを切りました。調べたところこの国の建築家 Otto Wagner オットー・ワーグナー(1841-1918)が設計、ユーゲントスティール(アールヌーボー)様式のトラムの駅舎カールス広場駅 Otto Wagner Pavillon Karlsplatz(1898)。私が訪れた直前に地下鉄化されたため駅舎だけが残されたらしい。
右:同広場にあるバロック様式の Karlskirche カールス教会(1739)。円柱2本が印象的。
写真2-19-9 国立歌劇場
ネオルネッサンス様式の Staatsoper 国立歌劇場(1869)。
写真2-19-10 シュヴァルツェンベルク広場 写真2-19-11 ソビエト戦勝記念碑
左:国立歌劇場から南東へ歩くと Der Hochstrahlbrunnen am Schwarzenbergplatz シュヴァルツェンベルク広場にあるホッホシュトラール(高噴射)噴水(1873)が眼前に。
右:噴水の背後にはDenkmal zu Ehren der Soldaten der Sowjetarmee ソビエト戦勝記念碑(1945)。更に記念碑の背後には Palais Schwarzenberg シュヴァルツェンベルク宮殿(1728)があります。つまり大胆にも宮殿と広場・噴水に割り込んで記念碑を建設。
写真2-19-12 シュテファン大聖堂 写真2-19-13・14
左上:Stephansdom シュテファン大聖堂(1359)。屋根のモザイク模様が印象的なゴシック様式の教会。教会の塔としてはウルム大聖堂(161m)、ケルン大聖堂(157m)についで、世界3番目の136.7mあり、ウィーンのシンボルです。左写真は教会の小冊子。
右上:Stadtpark 市立公園内にある Johann-Strauß-Denkmal ヨハン・ヨハンシュトラウス2世像(1921)。当初金色だった像は、第一次大戦敗戦後の「贅沢だ」との世相で黒色に塗替えられたそうです。写真は1981年の黒い像。そして1991年に元の金色に塗替えられたとのこと。
右下:Hofburg 王宮の中庭に停車する観光馬車フィアカー。後方はフランツ2世像。
写真2-19-15 市庁舎 写真2-19-16 ヴォティーフ教会
左:ネオゴシック様式の Rathaus 市庁舎(1883)。幅127mに対し奥行は152mあります。延床面積113,000㎡は、長崎県庁(行政棟+議会棟+駐車場棟+警察棟)86,637㎡の1.3倍。
右:これもネオゴシック様式の Votivkirche ヴォティーフ教会(1879)。
写真2-19-17 シティバス 写真2-19-18 トラム
左:Citybus シティバス。1976年から市の中心部を走るミニバス。
右:国立歌劇場からシュヴァルツェンベルク広場へ向かう途中で見かけたトラム。
写真2-19-19 トラム 写真2-19-20 トラム
左:次は写真2-19-13 ヨハン・ヨハンシュトラウス2世像から写真2-19-12 シュテフェン大聖堂へ向かう途中で撮影。トラムの軌道は道路の両端に敷設してあります。ちなみにウィーン市電は延長178.1km、電停数1067箇所。ちなみにドイツ最大の路面電車はベルリン市電で延長191.6km、電停数382箇所。ウィーンもベルリンも地下鉄がありながら、200km近い路線長があるとは驚き。
右:旅のメモではウィーンと書いていますが、雰囲気的には次のリンツかも。ネット検索しましたが、断定できる情報にはたどり着けませんでした。
2-20 Linz リンツ
・ウィーンから西へ約200km。鉄道で約1時間15分。
・ドナウ河畔、人口約20万人のオーストリア第三の都市。
・憲章都市
・同地で1泊し、次のドイツ・パッサウへは約100km。鉄道で約1時間。
左:Linzner Altstadt Rundgang 旧市街の街歩きガイド
右:観光地図

中央駅から最初の見学場所「新大聖堂」まで北へ1.2km、約15分。
●Neuer Dom 新大聖堂
写真2-20-2
ネオゴシック様式の新大聖堂(1862)。新大聖堂があるならバロック様式の旧大聖堂(1678)もあります。建築年を知らなければ、新大聖堂が12~3世紀に建てられた「旧」大聖堂に見えます。
この国で最大規模の教会ですが、塔の高さ(135m)はウィーンのシュテファン大聖堂の南塔(136.7mを超えることは許されなかったとのこと。
写真2-20-1
写真2-20-3 内陣正面のステンドグラス
【見どころ】堂内は、窓という窓、全面美しいステンドグラス。「Linzner Domfenster リンツの窓」というこの地の歴史を描いた77枚の窓が有名。
写真は、内陣正面。
●Brucknerhaus ブルックナーハウス
写真2-20-4
新大聖堂から北のドナウ川方向へ20分ほど歩くと、当地と縁が深い音楽家アントン・ブルックナー(1824-1896)にちなんで命名された、コンベンション・センター、コンサートホール(大ホール1,420席)などの複合施設ブルックナーハウス(1973)があります。
写真2-20-5 ブルックナーの銅像 写真2-20-6 噴水
左:Anton Bruckner Büste ブルックナーの胸像(1974)
右:ブルックナーハウスに隣接する Donaupark ドナウ公園にあるBayer-Brunnen バイヤー噴水(1977)。17本の円柱があるとのこと。建物のデザインと合致しています。
写真2-20-8 ラント通り
写真2-20-7 ラント通り 写真2-20-9 中央広場
左:中心部の目抜き通り Landstr. ラント通り。背後のバロック様式の教会は Ursulinenkirche ウルスリン教会
右上:これもラント通り。左写真とは逆方向。
右下:ラント通りを北へ向かうと Hauptplatz 中央広場です。広場の中心には、大理石の美しい彫刻 Dreifaltigkeitssäule 三位一体の柱(1723)があります。
写真2-20-10 旧市庁舎 写真2-20-11 ニーベルンゲン橋
左:中央広場に建つAltes Rathaus 旧市庁舎(1659)。
右:ドナウ川に架かるNibelungenbrücke ニーベルンゲン橋を渡るトラム。
この後、ドイツのパッサウへ。
2-21 Nachwort あとがき
●40年ぶりの「バーチャル旅行」
2011年から毎年ドイツへ「帰省」し、その旅行記をせっせとブログに。しかし2019年末に流行しだした新型コロナウィルスの影響で、10年目となる2020年春以降渡航できずじまい。それで、1981年のドイツ語学研修の写真を整理することに。その手始めに夏休みのスイス・オーストリア旅行からスタート。
当時はフィルム・カメラで撮影し、現像代、プリント代も含めると、貧乏学生にとっては、かなり高額。それで数えるほどしか撮影していません。逆に言うと渾身の1枚、1枚なので、出来るだけ多くの写真を掲載することにしました。
写真2-21-1 リリプットバーン 写真2-21-2 シュテファン大聖堂
この2枚は画面構成の都合で本文に掲載しなかったウィーンの写真。左はプラター遊園地のリリプットバーン。右はシュテファン大聖堂。
当時撮影したフィルムを2008年にデジタル化。その写真と、当時買い求めた絵葉書、教会の小冊子、各地の観光案内所等でもらった観光地図やパンフなどの写真を添えて、2021年6月末から9月末まで3か月かけてこのページを作成。
写真1枚、1枚について、旅行ガイドブックやネットで検証しながら、添える文章を考えます。撮影場所の記録が無ければ、ネットで探索。多くの場所で40年前とほとんど町並みが変わっていないことに驚きます。
改めて写真を見直して、スイスは山々、オーストリアはハプスブルク家の遺産が残る首都ウィーンが別格で、第一級の観光地だとつくづく感じます。当時の記憶はほとんど残っておらず、今回「バーチャル旅行」を存分に楽しみました。
●話のネタに
2015年羽田発フランクフルト行きの飛行機の隣席は、オーストリア・グラーツのビジネスマン。日本へは年に4~5回仕事で行くらしく、かすかな記憶を頼りに、30数年前オーストリアを旅行した話をしましたが、今回のホームページがあれば、もっと話が盛り上がったことでしょう。
左:その時の搭乗便。夜明け前のフランクフルト国際空港にて。
写真2-21-3 ANA NH203便
訪れてみたいところ
●ヴィトラ・デザイン博物館
 Vitra Design Museum Charles-Eames-Strase 2, 79576 Weil am Rhein(ドイツ)
バーゼルから北へ約6km、国境を越え、ドイツ・ヴァイル・アム・ラインにある現代美術館。敷地内には安藤忠雄のパビリオンや、ザハ・ハディドの元消防署などがあります。
●【世界遺産】ハルシュタット Hallstatt
ザルツブルクから東へ約73km、車で約1時間10分。美しい湖畔の町。
2019年1月NHK-Eテレ「旅するドイツ語」で俳優前川泰之さんとラプシュ麻衣さんが訪れました。素晴らしい景観にときめきます。
●マウトハウゼン強制収容所跡 KZ-Gedenkstätte Mauthausen
写真2-21-4 強制収容所所在地
リンツの東約20km、ドイツ・パッサウから東へ約100km。ここは絶滅収容所では無かったものの、過酷な強制労働で多くの死者を出したそうです。
写真は、NS-Dokumentationszentrum Köln ケルン市ナチス記録センターにあった強制収容所の所在地図からトリミング。
所在地を示す大きい楕円内には、サブキャンプの KZ Gusen グーゼンもあります。
小さい楕円はもう一つのサブキャンプ KZ Ebensee エーベンゼー。
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