Eine Deutschlandreise 2019 ドイツ旅行 (2/4)
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Inhalt 目次
1 Sachsen ザクセン
2 Der Harz ハルツ山地
3 Ruhrgebiet ルール地方
4 Gedenksätte メモリアル
2 Der Harz ハルツ山地
2-1 BMW Central Building Leipzig BMWセントラル・ビルディング
2-2 Halle ハレ
2-3 【世界遺産】Lutherstadt Eisleben ルターシュタット・アイスレーベン
2-4 Hängebrücke Titan RT ティターンRT吊橋
2-5 Gernrode ゲルンローデ
2-6 Gasthof zum Bären ガストホーフ・熊
2-7 Harzer Schmalspurbahnen ハルツ狭軌鉄道
2-8 Nachwort あとがき
2-1 BMW Central Building Leipzig BMWセントラル・ビルディング
ドイツ5日目は、モーリッツブルクを出発し、ライプツィヒ郊外のBMW工場、ハレ、アイスレーベン、ハルツ山中の吊り橋を経由して、クヴェトリンブルク郊外のゲルンローデまで西へ約300km走ります。到着地に近いクヴェトリンブルクの天気予報は曇り。予想最高気温12度、最低気温7度で、長崎の3月上旬の気温。
モーリッツブルクから、最初の訪問地ライプツィヒ郊外のBMW工場まで、約120km、1時間10分の予定。ライプツィヒ市街地は3年前に訪れたので今回はパス。
写真2-1-1 ミューレンベルク東PA 写真2-1-2 BMWライプツィヒ工場 DR画像
左:ドレスデンの市街地をかすめながら高速4号線~14号線を西へ走ります。走り出して約40分、途中の Parkplatz Mühlenberg Ost ミューレンベルク東PAで休憩。トイレの外壁に赤頭巾 Rotkäppchen が風車を口で吹くユーモラスな絵がありました。この周囲には風力発電機が多く立っています。
右:高速14号線を Leipzig -Messegelände ライプツィヒ=メッセゲレンデICで降り、あと5分ほどで到着のハズが、工場敷地がとても広くてなかなか目的地にたどり着けず、最後はスマホのナビの助けも借り、20分ほどさまよって9時半前にようやく到着。写真左側が BMW Werk Leipzig BMWライプツィヒ工場。
●建築家ザハ・ハディドが手掛けたオフィスビル
写真2-1-3
このビルは、新国立競技場デザイナーのザハ・ハディドが手がけ、2005年に完成したオフィスビル。同競技場の設計は白紙になりましたが、一度この建築家の作品を訪れてみたいと思っていました。三棟の工場棟をつなぐ「中央管理棟」で、生産途中の車がこの棟の中を通る構造。実現不可能と思えるデザインを実現化させる彼女のエネルギーはすごい。
写真2-1-4 写真2-1-5
左:敷地内には、通勤とおぼしき車がずらり。
右:工場の電気は風力発電で賄うコンセプトらしく、工場敷地内には多くの風力発電機が建っています。次のハレまでは、約40km、40分の予定。
2-2 Halle ハレ
写真2-2-1 ライプツィヒ・ハレ空港 DR画像
高速14号線をまたぐ大きな建物は、Flughafen Leipzig/Halle ライプツィヒ・ハレ空港。航空写真を見たら二本の平行滑走路の間を高速道路が突き抜けていて驚きます。
●大作曲家ヘンデルの故郷
その昔、Schwäbisch Hall シュヴェービッシュ・ハルに4ヶ月滞在しました。その時 Hall ハルには古い言葉で「塩」の意味があると知りました。次に訪れるハレも塩の交易で栄えたとのこと。また大作曲家ヘンデル生誕地でもあります。
写真2-2-2 北給水塔 DR画像 写真2-2-3 グローセ・シュタイン通り DR画像
左:時刻は10時ちょうどハレの市街地へ。正面には高さ54mの Wasserturm Nord 北給水塔(1899築)。1965年に役目を終えたそうです。目指す駐車場まで残り2km、6分ほど。
右:ところがあと1kmのところで、工事による通行止めで右往左往。人口23万人だとそれなりに市街地も大きいため、大きな迷路をさまようみたいで知らない町は手こずります。
目指す駐車場まで行くことを諦め、適当な駐車場所があったので車を駐め、スマホのナビを頼りに歩くことに。以下、旅行記をまとめつつ実際に歩いたコースを検証します。
車を駐めた場所は Adam-Kuckhoff-str. 9-5付近。スマホのナビには観光案内所を入力。南へ向かうハズが、北へ向かう指示が出て、それを信じて歩いています。中心部の地図も印刷して持参して、その地図に車を駐めた場所が入っていることに気づけば、目指すMarktplatz マルクト広場は、南へ900m、徒歩10分ほどだと分かったことでしょう
写真2-2-4 飲食店 写真2-2-5 電停
左:Gaststätte Roeßing レースィッヒ・ビヤホール。Ludwig-Wucherer-Straße 60
間違えたコースで見かけた店。入口上の黄色い看板 Ur-krostitzer ウーァ・クロスティッツァーは、ライプツィヒの Krostitz クロスティッツにある醸造所で、人物はスウェーデン王グスタフ2世アドルフの肖像とのこと。昨年ノルトハウゼンで飲み損ねたので次回は是非。
右:Willy-Lohmann-Straße ヴィリー・ローマン通り電停。路面電車で行くことも考えました。ところでヴィリー・ローマン(1883-1945)とは、政治家でハレ大学の再開に特別な貢献をしたらしい。
写真2-2-6 パウルス教会 写真2-2-7 く体だけにされた建物
左:更に歩くとレンガ造ゴシック様式の大きな教会が見えました。Pauluskirche パウルス教会で、ネットで見ると見応えがあり、見ておけばよかったかな。
15分ほど歩いて、スマホに示されたナビはまだ15分ほどあります。あいにくスマホのバッテリーが持ちそうにありません。行きはよくても、これでは車を止めた場所まで、道に迷って戻れそうにないので、車まで戻り、当初予定していた駐車場を目指すことにしました。今思えば、これが正解。この先歩き続けてもさまよい続けたことでしょう。
左:車まで戻る途中で見かけた、く体だけにされた建物。こうやって古い建物を活用するようです。走り出しても同じことの繰り返しなので、まずは目指す駐車場より遠方の地点を目指し、少し後戻りすることで、通行止めを回避することにしました。10分ほどかかって、目指す駐車場 Parkplatz Friedemann-Bach-Platz に11時10分頃到着。1時間ほどロスしたけど一人旅は気楽。
写真2-2-8 モーリッツブルク美術館。 写真2-2-9 大学とフラウンホーファ研究所
左:車を駐車したそばには、Kunstmuseum Moritzburg モーリッツブルク美術館。元は15世紀にマクデブルク大司教の将来の住居として建設が始まったとのこと。
右:その対面には、大学とフラウンホーファ研究所の看板が架かった建物。元物理研究所(1890築)で、下の建物も含めると塔の高さは30m以上あるらしい。ここからマルクト広場にある観光案内所までは600m、7分ほど。
写真2-2-10 Zazie Kino & Bar 写真2-2-11 楽器店
左:美しい外壁に思わずカメラを向けました。Zazie Kino & Bar 映画とバーらしい。
右:この木組みの建物も美しい。Musikladen 楽器店のようです。
写真2-2-12 観光案内所 写真2-2-13 トランジットモール
左:観光案内所の入口に黄金のヘンデルの像。ここで絵はがきを買い市街地図をゲット。
右:旧市街地はトランジットモール。月曜日でこの人出。
写真2-2-14 マルクト広場
中心部のマルクト広場。正面は Marktkirche マルクト教会。手前の後期ロマネスク様式丸屋根の塔と奥の後期ゴシック様式尖塔が対照的。手前のSt.Maien 聖母マリア教会(12世紀)と、奥の St.Gertruden 聖ゲルトルーデン教会(11世紀)の二つの小さな教会を、1554年に合築したとのこと。右手の Roter Turm 赤い塔は、聖母マリア教会の鐘楼及び時計台として1506年に建てられたとのこと。
写真2-2-15 ヘンデルの像 写真2-2-16 露店
左:マルクト広場に建つヘンデルの像。
右:マルクト(市場)には露店。その昔ドイツに住んでいた頃の日常風景を思い出します。
写真2-2-17 マルクト教会内部 写真2-2-19 荒廃した建物
写真2-2-18 マルクト教会内部
左上:マルクト教会に入りました。ゴシック様式の高式聖堂で、東側の祭壇の上に、ヘンデルも弾いたという小さなパイプオルガン(Reichel-Orgel ライヒェルは制作者の名前)。
左:西側入口の上にはバッハとその息子が弾いたという大きな Hauptorgel メイン・パイプオルガン
右:ひととおり市中の見どころの見学を終え駐車場へ戻ります。途中「Ärztehaus Mitte 中央クリニックビル」と入口に書かれた朽廃した建物がありました。放置されているのか、それとも修復に向けての準備なのか分かりませんが、維持管理をしっかりすれば趣のある建物だけに、仕事柄このような痛々しい建物を見ると気になります。
駐車場へ戻ると雨が強くなりました。時刻は12時15分、実質的には1時間もなかった弾丸ツアーを終え、次の訪問地 Lutherstadt Eisleben アイスレーベンへ向かいます。一般道を約35km、45分の予定。ハレ市街地からはスムーズに出ました。
2-3 【世界遺産】Lutherstadt Eisleben ルターシュタット・アイスレーベン
アイスレーベンは、マルティン・ルターが生誕し、死去した地で、「ヴィッテンベルクとアイスレーベンのルター記念建造物群」として世界遺産登録されています。
写真2-3-1 レーヴェ・センター DR画像 写真2-3-2 昼食
時刻は13時ちょうど。アイスレーベン郊外で Rewe Center レーヴェ・センター(ショッピングセンター)の看板が見えたので立ち寄り。シュトロイゼル・クーヘンとコーヒーで軽いお昼ご飯にしました。こうやってその場の成り行きで寄れるところが車の旅のよいところ。
写真2-3-3 マルクト広場に建つルターの銅像
写真2-3-4 観光案内所
レーヴェ・センターから3km、6分ほどで市内中心部に到着。路上駐車可能な場所に車を駐めました。人口約23,000人の町なので、旧市街地の大きさが限られるので走りやすく、駐車場所もたやすく見つけられます。
上:マルクト広場に建つ Luther Denkmal ルターの銅像。後ろの白い建物は市庁舎。左奥に Luthers Sterbehaus ルター最期の家があります。
左:ルターの視線の先に、観光案内所があり、市街地図をもらって散策。外気温は7度、小雨模様。
写真2-3-5 ルター最期の家 写真2-3-6 ルター 最期の家
左:市庁舎横を登って行くと、ルター最期の家
右:入口から通路を通って中庭に出ると、2013年に新築された博物館があります。
写真2-3-7 ルターの生家 写真2-3-8 ルターの生家
Luthers Geburtshaus ルターの生家。ここも博物館が併設されています。
アイスレーベンの滞在時間は40分ほど。博物館には入館せず現地踏査レベルで次へ向かいます。14時10分過ぎ出発。ハルツ山中の吊り橋まで80km、1時間15分の予定。
写真2-3-9 道路工事 DR画像 写真2-3-10 マンスフェルダー鉱山鉄道 DR画像
左:市街地を抜け暫くは一般道。道路工事で1車線の区間が1.2kmほど続きます。左側を通ると日本のよう。交互通行用の信号機が無かったので、対向車が来たらどうするんだろうと心配しつつ進んだら、対向車線は通行止めで一方通行だったのでビックリ。
右:その後踏切。Mansfelder Bergwerksbahn マンスフェルダー鉱山鉄道という軌道幅750mm、路線長11.8kmの保存鉄道で、4月~10月の毎土曜日に運行。そそられます。
写真2-3-11 国道180号線 DR画像
更に Bundesstaße180 国道180号線を北へ向かって Aschersleben アッシャースレーベン方向へ。小雨模様ながら一面に広がる黄色い菜の花畑に溜息。
2-4 Hängebrücke Titan RT ティターンRT吊橋
写真2-4-1 ブランケンブルク城ホテル DR画像 写真2-4-2 DR画像
左:その後、アウトバーン並に整備された国道6号線を20km、15分ほど走り、Blankenburg-Ost ブランケンブルク東ICで一般道へ。ブランケンブルク市街地を走行中、山の上に立派な建物。調べたら四つ星のSchlosshotel Blankenburg ブランケンブルク城ホテル。それほど高くないので泊まってみたい。
右:その先に趣のある建物がありました。使われていないようで、調べても不明。
写真2-4-3 DR画像 写真2-4-4 DR画像
左:Cattenstedt カッテンシュテットの集落を過ぎると、いよいよハルツ山地へ。左側の青いポールはオービス。
右:新緑が美しいワイディングロード。
●ダム湖そばの吊り橋
写真2-4-5 駐車場 DR画像 写真2-4-6 案内板
左:15時30分頃、Herzdrenalin-Outdoorevents Rappbodetalsperre アドベンチャー・スポーツセンターの駐車場に到着。[H]バス停もあり公共交通機関で訪問できます。
右:今、右上[P]です。車、スマホのナビとも「L96」という通り名までしか検索できなかったので少し戸惑いました。でもハレの市街地のように迷うことはありませんが。
写真2-4-7 歩行者用吊橋とラップボーデ谷ダム
ガイドブックに紹介されていたドイツで最も長い歩行者用吊橋。雨があがってよかった。
写真2-4-8 歩行者用吊橋 写真2-4-9 ラップボーデ谷ダム
左:長さ483mはドイツで最長。建設当時は世界一だったものの、すぐにスイスのCharles Kuonen チャールズ・クオネン(494m)に超されてしまったらしい。ちなみに日本最長は、箱根西麓・三島大吊橋主塔間400m(全長640m)。いい勝負だ。
あいにくの天気で観光客は数えるほどですが、それでも歩くとかなり揺れます。
右:右手には Rappbodetalsperre ラップボーデ谷ダム(1959築)、貯水量11,300万m³、水面は390ha、ダムの高さ106m。長崎市のダム16カ所の合計貯水量1,720万m³の約6.5倍。面積はハウステンボス150haの2.6倍もあります。
写真2-4-10 ヴェンデフルト谷ダム 写真2-4-11 メガジップライン
左:吊橋の下にも Talsperre Wendefurth ヴェンデフルト谷ダム(1967築)。貯水量922万m³、水面78haとそれなりの大きさ。写真左上、静かな湖面に遊覧船が見えます。ダムがあるWendefurth ヴェンデフルトに観光スポットがあるようです。
右:Megasipline メガジップラインという、欧州で最も長い(1,000m)ターザンワイヤーでダム湖を突っ切るアトラクションもあります。時刻は16時過ぎ、天気がよければ長居したいところですが滞在時間30分で今日の最終目的地ゲルンローデへ向かいます。27km、30分ほどの予定。
写真2-4-12 ヴェンデフルト DR画像 写真2-4-13 DR画像
左:ヴェンデフルト谷ダムのそばを通りました。ホテル、レストラン、レンタルボートなどがあり、やはり観光スポットらしい。
右:Timmenrode ティンメンローデを過ぎ、Blankenburger Str. ブランケンブルガー通りを進むと、廃線敷きが寄り添うところがあります。過去にもこの道は走ったことがあり、航空写真を見ると、線路は途中途切れながらブランケンブルクまで続いています。ざっくり調べたところ、かつて鉄鉱石等を運搬する貨物線だったようです。
2-5 Gernrode ゲルンローデ
ゲルンローデは、人口約3,500人の小都市。
写真2-5-1 ターレのガソリンスタンド 写真2-5-2
左:16時半、Thale ターレのGSで給油。インパクトのある緑色に吸い寄せられました。
右:夕方でも車は少なく、走りやすい道が続きます。
i
写真2-5-3 ゲルンローデ駅 DR画像 写真2-5-4 市庁舎
左:ゲルンローデ駅に1年ぶりに立ち寄り。左側はハルツ狭軌鉄道の機関庫、同駅舎。右端は廃止されたドイツ鉄道の駅舎。ホームと線路は駅舎の右側ですが撤去済み。
右:宿の近くにあったメルヘンの世界に迷い込んだような可愛い木組みの市庁舎。
2-6 Gasthof zum Bären ガストホーフ・熊
写真2-6-1 外観
ゲルンローデの宿に、17時到着。ここもレストランがある宿を選びました。
写真2-6-2 客室 写真2-6-3 客室の窓からの眺め
左:1泊朝食付き57.50ユーロ(泊まり49ユーロ、朝食6ユーロ、市税2.5ユーロ)。広さ12㎡(7帖相当)、ツインのシングル利用。部屋にはWi-fi無し。
右:窓のカーテンを開けたらゴミ箱。今回の旅では一番安い宿だから、ま、いいか。
写真2-6-4 サニタリー 写真2-6-5 サニタリー
サニタリーは古いものの清潔感があります。
●宿のレストランで頂く夕食
写真2-6-6 生ビール 写真2-6-7 夕食
左:19時宿で夕食。まずは Pils vom Fass ピルスナーの生0.5リットル3.9ユーロ。銘柄は店の看板にあったウーァ・クロスティッツァーかVeltinsフェルティンスでしょう。
右:Knackiger Harzer Rinder-Knackwurst mit Schinkensauerkraut dazu Bratkartoffeln 牛肉のパリっとしたソーセージ、ハムザワークラウトとフライドポテト添え 10.5ユーロ。典型的なドイツの大衆料理です。
写真2-6-8 デザート 写真2-6-9 写真2-6-10
左:Müller Thurgau ミュラー・トゥルガウ(ブドウの品種) 0.2リットル 3.9ユーロ。産地不明の辛口の白ワインを飲みつつ、甘いデザート。1 Kugel Vanille-Eis mit roter Grütze Sahnehäubchen und Schokoraspel バニラアイス、ローテ・グリュッツェ(注)、カラースプレーチョコ 4.9ユーロ。見るからにお子様向けですが、ドイツの「大人用デザート」は馬鹿でかく持て余すので、最小を注文。それでも食べ応えは十分。
注:ローテ・グリュッツェは、ベリーと果物果汁とをさっと煮てとろみをつけたもの。
中央:地元のハーブリキュール Schierker Feuerstein シールカー・フォイヤーシュタイン(シールケの火打ち石)。度数35度だから名前のとおり火のように熱くなります。
右:更に生の白ビール。多くの都市を周り、美味しく飲み食いして豪華ではありませんが身の丈に合った60回目の誕生日でした。
●朝食
写真2-6-11 1泊目 写真2-6-12 2泊目
6ユーロの朝食は、卵無しの少な目のビュッフェ形式ですが、パンが美味しくたっぷり頂きました。2泊したので2泊分をまとめて掲載します。
2-7 Harzer Schmalspurbahnen ハルツ狭軌鉄道
ドイツ6日目は、この宿にもう一泊。当初終日ハルツ狭軌鉄道に乗る予定でした。
ただ昨年「下見」したミッテルバウ=ドーラ強制収容所跡も捨てがたい。昨晩いろいろ思案していたら、列車に乗る区間をハイライト区間だけに絞り、乗る時間を調整すれば、強制収容所跡の地下工場ガイドツアーも参加できるスケジュールを組めることが分かりました。車の旅だからできるワザこそ。クヴェトリンブルクの天気予報は晴れ。予想最高気温18度、最低気温2度で、行楽日和です。
図2-7-1 路線図 Streckennetz HSB (C)HSB
①Aleisbad アレクシスバート~Harzgerode ハルツゲローデ未乗車区間往復
②この間5時間でノルトハウゼンにあるミッテルバウ=ドーラ強制収容所跡へ
③Eisfelder Talmühle アイスフェルダー・タールミューレ(以下「アイスファルダーT.」)~Drei Annen Hohne ドライ・アンネン・ホーネ往復(無蓋車乗車を帰りから行きに変更)
図2-7-2 路線断面図 距離はクヴェトリンブルクを基準[0km]とする
路線断面図です。横軸は距離、縦軸は標高。当初は左から2番目 宿に近い[8km]ゲルンローデを7時34分に出て右へ向かって[82km]ドライ・アンネン・ホーネまで未乗車区間や無蓋車など6便を乗り継いで往復154km、ゲルンローデに16時49分に戻る予定でした。それをディーゼルカー乗車区間を端折って①[23km]アレクシスバート~[26km]ハルツゲローデ(未乗車区間)③[53km]アイスフェルダーT.~[82km]ドライ・アンネン・ホーネ(無蓋車乗車区間)計64kmだけ乗車して、その間は車で移動します。
●ゲルンローデ~アレクシスバート(車移動)
写真2-7-3 ハーファーフェルト駅そばの踏切 DR画像 写真2-7-4 星の家
左:外気温は3度。フロントガラスには霜がついています。昨日とうって変わって抜けるような青空で申し分ない天気。7時半宿を出発しアレクシスバートまで12km。ちなみにSLは同じ区間を45分かけて走ります。画像はゲルンローデから二つ目の駅 Haferfeld ハーファーフェルト駅そばの踏切。
右:山の中にポツンと一軒家。Sternhaus-Harz シュテルンハウス(星の家)という旅館。夜は星空を眺めながらワインを飲めそう。いずれ泊まってみたい。この旅館を過ぎてしばらくすると、道路と線路はほぼゼルケ川に沿って並行しています。
写真2-7-5 ドラートツーク駅 写真2-7-6 ドラートツーク駅
途中 Drahtzug ドラートツーク駅の近くに車を駐めて、8時10分頃アレクシスバートへ向かう蒸気機関車牽引列車(以下「SL列車」という)を動画撮影。機関車+緩急車+客車2両のかわいい編成。動画から切り出し画像が粗く、かつ逆光で見にくくてスミマセン。
そしてこの列車を追い越して、アレクシスバート駅に車を駐めてSL列車に乗車します。
①8:26アレクシスバート→8:35ハルツゲローデ(初乗車区間)
この片道3kmの区間には1日6往復ありますが、SL列車は今から乗る1往復のみ(時期によっては2往復)。ほか5往復は、1両編成のディーゼルカーです。
写真2-7-7 アレクシスバート駅 写真2-7-8 ハルツゲローデへ
左:先ほど撮影した列車をアレクシスバート駅で待ち構えます。
右:往復3ユーロの乗車券を車掌から購入。数人の客を乗せて発車。機関車は登り急勾配をドラフト音を響かせながら力走。最後尾のオープンデッキには30歳台の二人連れ。私も仲間に入れてもらったら、列車の乗客は鉄道ファンだけだからすぐ打ち解けました。ライプツィヒ在住、クヴェトリンブルクからハルツゲローデ間を往復するとのこと。私が一昨年ライプツィヒへ行った話をしたら更に盛り上がりました。
動画2-7-9 ハルツゲローデへ向かうSL列車の動画
森林の中を力走するSL列車の動画です。左の道路を走る車にたやすく追い越されます。
写真2-7-10 ハルツゲローデ駅 写真2-7-11 ハルツゲローデ駅
9分でハルツゲローデに到着。これでハルツ狭軌鉄道の全線をSL列車で完乗。機関車はばっちり順光です。計算のうえの朝の始発便かな。機関車は機回線に入り、今度は後進で、列車はそのままアレクシスバートへ戻りクヴェトリンブルク行となります。
8:45ハルツゲローデ→8:55アレクシスバード
写真2-7-12 アレクシスバート駅 写真2-7-13 アレクシスバート駅
左:列車は10分でアレクシスバートへ戻りました。私はここで下車。二人連れと話しが弾んで、写真はほとんど撮れずじまい(笑い)。
右:列車はクヴェトリンブルクへ。最後尾のデッキに立つ二人連れを見送りました。
アレクシスバート~ノルトハウゼン・ミッテルバウ=ドーラ強制収容所跡(車移動)
次はノルトハウゼンの強制収容所跡へ。ハルツ山地を横断する45km、約50分。
写真2-7-14 州道236号線 DR画像 写真2-7-15 州道236号線 DR画像
Landstraße 州道236号線 Schwenda シュヴェンダ手前の高原約5km(左)、それに続く なだらかな下りのワイディングロード約9km(右)は、スカスカで極上のドライブ
②ミッテルバウ=ドーラ強制収容所跡
快調に飛ばして9時50分、ノルトハウゼン郊外のミッテルバウ=ドーラ強制収容所跡へ到着。
見学記は2019ドイツ旅行その4>4-2ミッテルバウ=ドーラ強制収容所跡に掲載。
写真2-7-16 強制収容所跡入口 DR画像
●ミッテルバウ=ドーラ強制収容所跡~アイスフェルダー T.(車移動)
時刻は13時半、見学を終えアイスフェルダー T.へ車を走らせます。16km、20分の予定。
写真2-7-17 ヘラクレス・マルクト駅付近 DR画像 写真2-7-18 イルフェルト DR画像
左:同駅へは、昨年乗車した Harzquerbahn ハルツ狭軌鉄道のハルツ横断線を右手に見ながら。写真はNiedersachswerfen Herkules Markt ヘラクレス・マルクト駅付近。
右:途中、Ilfeld イルフェルトという町があります。昨年、列車内からはよくわかりませんでしたが、Gasthof 旅館などが多く建ち並び、州が認めたリゾート地らしい。
写真2-7-19 ネッツカーター DR画像 写真2-7-20 DR画像
左:イルフェルトを過ぎるとカーブが続く登山道。Netzkater ネッツカーターにログハウスの道の駅がありました。立ち寄ってみたい雰囲気ですが、次の機会に。
右:谷間は、Bere ベレ川を挟んで道路と線路。線路が右手に見えています。
写真2-7-21 アイスフェルダー T.駅 DR画像 写真2-7-22 アイスフェルダーT駅そば DR画像
左:アイスフェルダー T.駅に到着。1年ぶり。Gaststätte(レストラン)の看板が出ていますが、昨年、乗り換えの間にビールを飲んだ駅のレストランは閉店していました。歴史を感じる大きな駅舎ですが、それ以外何もない山中の谷間だから、営業は厳しいでしょう。
右:駅構内へは柵があり乗り入れできません。駅の近く、線路そばの空地に車が4台駐車していたので、私も恐る恐る駐車しました。
③14:08アイスフェルダー T.→15:16ドライ・アンネン・ホーネ
当初11:08発に乗る予定を、3時間ずらしました。これから乗る区間は、一昨年SL列車で乗っていますが、今回は無蓋車(トロッコ車両)に乗る計画。往復3時間のSL列車の旅です。
写真2-7-23 アイスフェルダー T.駅 写真2-7-24 無蓋車
左:列車が到着。機関車[997232-4]を前方に付替え、ヴェルニゲローデへ折り返し。
右:往復27ユーロ+Cabiokarte無蓋車券1ユーロの乗車券を車掌から買います。オープンで気持ちはいいけど盛大に煙を被るのでそこは覚悟のうえ(笑い)。天気が良くてよかった。無蓋車は機関車の直ぐ後ろにつながれていて、中高年の男性ばかり10人ほどが乗車。
動画2-7-25 アイスフェルダーT.駅発車
アイスフェルダーT.を出発する動画です。外気温は20度ほどあり、このうえない陽気。
無蓋車 客 車 客 車 客 車 客 車 客 車 緩急車
機関車+無蓋車+客車5両+緩急車
写真2-7-26 写真2-7-27 ドライ・アンネン・ホーネ駅
左:振り返ると後ろの車両のデッキに立席客。そこは無蓋車券がいらない特上席。
右:ドライ・アンネン・ホーネに到着し下車。機関車を付替えヴェルニゲローデへ下山。
15:40ドライ・アンネン・ホーネ→16:49アイスフェルダー T.
写真2-7-28 昼食 写真2-7-29 ドライ・アンネン・ホーネ駅
左:戻りの列車まで24分あり、遅い昼飯を兼ねて駅のカフェでチーズケーキとコーヒー。
右:帰りの列車は無蓋車無しの編成。但し機関車は同じ[997232-4]
写真2-7-30 アイスフェルダー T.駅
アイスフェルダー T.で下車。列車はこの後ノルトハウゼン北へ。写真右1両編成のディーゼルカーは、クヴェトリンブルクへ折り返し便。昨年この便はSL列車で、右のSL列車から左のSL列車に乗り換えノルトハウゼンへ戻りました。
●アイスフェルダーT.~ゲルンローデの宿(車移動)
写真2-7-31 アイスフェルダーT駅そば DR画像 写真2-7-32 国道81号線 DR画像
左:駐車した空地に戻ったら、皆さん同じ列車を降りた乗客。
右:時刻は16時50分。宿までは34km、40分の予定。しばらく線路と併走します。
写真2-7-33 国道81号線から分岐 DR画像 写真2-7-34 郡道1352号線 DR画像
左:国道81号線を分岐して右へ曲がると Kreisstraße 郡道1352号の1.5車線の山道を登ります。谷間の駅から高原へ登って行くようです。
右:山道を登り切ると草原。ここも法定速度は時速100kmですが、狭くてとても飛ばせません。農業用車両が道を譲ってくれました。
写真2-7-35 シュティーゲ駅 DR画像 写真2-7-36 シュティーゲの旅館 DR画像
左:ナビは繰り返し「Stiege シュティーゲ方向へ」としゃべっていましたが、いきなりシュティーゲ駅が眼前に。実は2017年と2018年に続けて訪れ、方向転換するためのループ線がある珍しい駅なので強く印象に残っています。正面踏切の右に駅舎、左にループ線があります。駅構内にあった踏切を車で通ることになろうとは驚き。列車で訪れた時は、山中のぽつんとした駅のように感じましたが、車で通過すると人口約1,000人の集落のはずれにあることがわかります。
右:大きな木組の建物がありました。DRの画像を切り出しているため、アングルの悪さはご勘弁を。Gasthaus Burgstieg ゲストハウス・ブルグシュテーグという旅館。この集落にはやはり泊まれる「Schloss Stiege シュティーゲ城」もあり再訪したい。
写真2-7-37 州道95号線
シュティーゲを過ぎて次の集落 Allrode アルローデへ向かう Landstraße 州道95号線。ここに限らず、直線区間がたびたび。
写真2-7-38 フリードリッヒシュブルン DR画像 写真2-7-39 路線バス DR画像
左:Friedrichsbrunn フリードリッヒシュブルンの入口、宿まで残り11km、15分のところでナビには入っていない通行止め。ここでこれまで右往左往した経験が生きました。東進が無理なら、北のターレか、南のアレクシスバートへ迂回することになります。朝訪れた南へ迂回することにしました。19km、15分ほど余分にかかります。今日はここまで計画どおりだったので、最後にやられた! 右端の緑の蛍光色の車もUターン。ナンバープレートは「C(南東へ260kmのChemnitz ケムニッツ)」。ドイツ人ですら迷うならと安堵。
右:迂回して最初の集落 Güntersberge ギュンタースベルゲへ向かって1.5車線の州道239号線を走っていると路線バス。ハルツの公共交通機関の主役は鉄道からバスに移ってます。
写真2-7-40 ギュンタースベルゲ DR画像 写真2-7-41 国道242号線 DR画像
左:人口約600人のギュンタースベルゲ。 ハルツ狭軌鉄道の駅として通過したことがあり、意外な状況で訪れました。画像中央に[右方向 ハルツ狭軌鉄道>の標識が見えます。
右:同地から写真の直線道路を過ぎ、Siptenfelde ジプテンフェルデの集落を通ってアレクシスバートへの国道242号線約9kmは、日本とは次元が異なる楽しいドライブ。
写真2-7-42 DR画像 写真2-7-43 アレクシスバート駅付近 DR画像
左:ジプテンフェルデを過ぎたところで、キツネのような小動物が道端に。ここで先ほどの緑の蛍光色の車に追いつきました。
右:アレクシスバート駅が近づいてきました。手前の線路はゼルケタール線。奥の鉄橋は今朝乗車したハルツゲローデへ向かう路線。宿に17時50分ごろ到着。20分ほど余分にかかりましたが、迂回先の道路は素晴らしく快調で、しかも発見があって楽しかった。
●宿のレストランで頂く夕食
写真2-7-44 生ビール 写真2-7-45 夕食
左:シャワーを浴びて身支度し、今日も宿のレストランで19時頃から食事。まずは昨日と同じピルスナーの生
右:料理は今が旬の Gut Herrenhölzer Spargel mit Kräuter-Rührei und Petersilienkartoffeln 白アスパラ、ハーブのスクランブルエッグとパセリ入りポテト13.9ユーロ。Gut Herrenhölzerは農場名。
写真2-7-46 デザート 写真2-7-47 シールカー・フォイヤーシュタイン
左:昨日と同じく辛口の白ワインを飲みつつ甘いデザート Eis Heiß 2 Kugeln Vanille Eis, heiße Himbeeren, Sahne バニラアイス二つ、暖かいラズベリー、生クリーム 6.1ユーロ。
右:〆は、やはりシールカー・フォイヤーシュタイン。
レストランの客はほぼ全て地元民らしく、客がはけると気さくなウェーターと、2泊目ともなると打ち解けて、出来ちゃった婚らしく、最後は双子の幼子の写真を見せてくれ、一人旅ですが、極東のハゲおやじの相手をしてくれました。
今日をまとめると、旅の醍醐味を満喫した一日でした。
・朝、30分の短いSL列車の乗車ながら、ハルツ狭軌鉄道を完乗した達成感と鉄道ファンとの交流
・地下工場跡に眠る戦争遺構の生々しさを体験。
・蒸気機関車の煙を盛大に浴びながら、新緑の中を無蓋車に乗る。
・私ごのみの宿で、ビール、ワイン、旬の白アスパラなどを飲み食い。

ここまでは朝組み立てた計画に沿ったものですが、期待に応えてくれる素晴らしい感動がありました。
それに加えて、移動手段ととらえ、期待していなかったハルツの山並みを横断するドライブが、天気がよかったこともあり予想を遥かに超えて楽しかった。結果として1日で約130kmを走り、高原の雄大な景色、樹林の中のワイディングロード、途中のメルヘンのような木組の家の集落、最後の通行止めは冷静に切りぬけ、ドライブだけでも一日楽しめる内容でした。3日分の旅を1日で体験したような充実ぶりで、今回の旅でハイライトの一日でした。
ドイツは私にとってテーマパークですが、その中でもハルツ山地で過ごす休暇は、格別な心地よさを感じます。
2-8 Nachwort あとがき
ハルツ狭軌鉄道の乗車は、6年連続。そしてSL列車で全線走破。
写真2-8-1 硬券の乗車券
●2014年から3年は、人気区間のヴェルニゲローデ~ブロッケン山頂間。片道34km、往復68km、約4時間半の旅。ブロッケン山頂行きはすべてSL列車。このブロッケン山頂行き乗車券は、なぜか出発駅がどこであろうと同じ料金。つまりブロッケン山頂まで1駅の Schierke シールケ14kmでも同じ。だったらもっとも遠い駅から乗ろうと思い、
●4年目の2017年は クヴェトリンブルクに泊まり、同地からブロッケン山頂まで1日1往復だけ日帰りが可能なSL列車ダイヤで乗車。出発は8時30分、帰着は19時28分。片道101km、往復202km、11時間の旅。とてもお勧めできない「乗り鉄」ぶり。写真中央がその時の乗車券(表面)。昔懐かしい硬券で記念になります。
●5年目の2018年は、残りの路線に乗車してみたいと思い、ノルトハウゼンに泊まり、同地からアイスフェルダーT.~ゲルンローデ。出発は10時24分、帰着は17時39分で、片道66km、往復132km、7時間の旅。ノルトハウゼン北駅からブロッケン山頂往復SL列車が1日1往復だけ設定されていて、その列車を途中のアイスフェルダーT.で降り、ブロッケン山頂へ向かう代わりにゲルンローデへ。写真右側の緑色がその時の硬券の乗車券(裏面)。
写真2-8-2 感熱紙の乗車券
●6年目の今年は、未乗車のアレクシスバート~ハルツゲローデ3kmを往復して、これで4年かかってハルツ鉄道140.4km全線をSL列車で乗りました。それだけでは面白くないので、加えて無蓋車にも乗った次第。
今回乗車した駅は無人駅なので、車掌さんから乗車券を買いました。スーパーのレシートのようなペラペラの感熱紙です。
写真2-8-3 無蓋車往路便 2014年撮影
●無蓋車について
無蓋車をつないだ列車は、ヴェルニゲローデとアイスフェルダーT.間で1日1往復のみ。
ヴェルニゲローデ発の往路便では、無蓋車は最後尾に付きます。左写真は2014年に撮影したドライ・アンネン・ホーネをアイスフェルダーTへ向け発車する往路便。機関車は前進でした。
私が乗ったアイスフェルダー T.発復路便は機関車の真後ろ。しかも今年機関車は前進でした。
上の図2-7-2路線断面図のように私が乗ったアイスフェルダーT.(標高352m)からドライ・アンネン・ホーネ(標高540m)に向かって上り勾配が多いため、それだけ力走する区間も多くなります。
列車は、この後ヴェルニゲローデへ向けひたすら山を下るだけなので、蒸気機関車は惰性運転。結果として私が乗った区間の復路便が、無蓋車乗車のハイライトでした。同じ1ユーロ払って乗るなら、断然私が乗ったアイスフェルダーT.発の復路便でしょう。当初は、この写真のように列車の最後尾につながれた無蓋車に、ヴェルニゲローデ発の往路便にドライ・アンネン・ホーネからアイスフェルダーT.まで乗る予定だったので、結果として変更してよかった。鉄道会社は、無蓋車の走行区間、連結位置など、営業的によく考えているなと感心します。
●まだ続くハルツ狭軌鉄道の旅
全線走破したので、これで終わりではなく、もっと深掘りしたくなりました。
1.ゲルンローデ駅にある小さなハルツ鉄道博物館 Anhaltische Harzbahn(※、独語)。ただし開館は、夏季の土曜日だけなので日程を調整して行く必要があります。
2.ハルツ横断線のSorge ゾルゲ駅には Grenzenmuseum 国境博物館があります。
3.列車で通る駅に途中下車して散策してみたい。
例えばハルツ横断線のElend エーレント駅では高原リゾート地のような景色が車窓から見えます。
またゼルケタール線のギュンタースベルゲにはベルク湖があり、夏場は泳ぐことも可能なリゾート地のようです。
4.ハルツ山地のドライブ
4年前の2015年、ハルツ狭軌鉄道をまだ詳しく知らなかった頃、ターレからハルツ山中を越えてノルトハウゼンへ約50km走りました。今回通過して驚いたシュティーゲも通っていますが、当時はまだまだハルツを知らず、当時を振り返るとこんな山中に鉄道があるのかと驚いたり、逐語訳すると「氷原の谷の水車小屋駅」となるアイスフェルダーT.駅がどんな所だろうかと、立ち寄ったことを覚えています。もう一度4年前に走った道を、駅々に寄りながら走ってみたい。
●保存鉄道時刻表小冊子
写真2-8-4
時刻表表紙
写真2-8-5マンス
フェルダー鉱山鉄道
どこでもらったか忘れましたが「Bahnnostalgie Deutschland Ost Kursbuch 鉄道ノルタルジア ドイツ東 時刻表」という旧東ドイツエリアの保存鉄道などの運行時刻等を網羅した小冊子を持ち帰りました。
ハルツ狭軌鉄道の記載があるのは当然として、写真2-3-10 マンスフェルダー鉱山鉄道の情報もこの小冊子で得ました
この小冊子を見ると、これまでに乗ったモリー鉄道(2012と13年)、レスニッツグルント鉄道(今年)以外にも、ドイツ2日目で訪れた国境の町ツィッタウにも、知る人ぞ知る Zittauer Schmalspurbahn ツィッタウ狭軌鉄道など、多くの保存鉄道があり、ドイツの鉄道に関する奥の深さを知りました。
実は2014年に、ドイツ・マンハイム駐在日本人ビジネスマンと、ハルツ狭軌鉄道に乗り合わせた際、「保存鉄道を乗り回っている。」と話してくれたことを思い出します。その時は、ピンとこなかったのですが、この小冊子を見て納得。限られた旅程だと候補は絞られますが、チャンスがあれば、保存鉄道の周遊をしてみたい。
●一人旅ならでわの宿
写真2-8-6 宿の駐車場を示す大きな看板 写真2-8-7 宿のレストラン
未乗車区間に乗るために、宿をどうするか。アレクシスバートも調べましたがリゾート地なので高め。クヴェトリンブルクは観光地でもう訪れたし、もっと田舎の宿がいいと思い機関庫があるゲルンローデでお手頃な宿を見つけました。
今回泊まったガストホーフ・熊は、設備が古く、部屋ではWi-fiがつながらないし(玄関やレストランでは使えました)。客室のカーテンを開けたらゴミ箱が並んでいるのが見えるし、隣室のいびきが聞こえるし、とても人にお勧めできるような宿ではありませんが、スタッフはフレンドリーだし、ドイツの大衆料理が楽しめて、お手頃な宿。古民家のような個人旅館といった趣で、その1のあとがきで書いたコイチェ山荘と通じるところがあり、私の旅のスタイルにピッタリ。一人旅のときに再訪したい宿です。
凡例
サービスエリア:SA、パーキングエリア:PA、ガソリンスタンド:GS、ドライブレコーダー:DR。
キャプチャーして掲載したDRの記録画像に表示される日時は日本時間。現地時間はマイナス7時間。例:画像表示13時、現地時間6時。
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